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9組のとある一日@                       泉からみた浜田。ちょっと懐古的





購買部と校舎をつなぐ渡り廊下にある中庭は
四季折々の緑があふれている。


泉は、その中庭の片隅でこんもりと茂った木の枝に
薄茶色の硬そうな実がいくつも成っているのを見つけた。

木の根元には熟して落ちた実がひとつ。
コロリと転がって
割れた皮の隙間から紅い色をこぼしている。


「・・・ザクロじゃん」


そのまま吸い寄せられるように段差を降りて草を踏み

片手で抱いたパックのジュースが4つ
こぼれ落ちないよう器用に身をひねり
転がる丸い実をひょいと拾い上げてしげしげと眺める。

間近だと不思議と淡く薄桃がかって見える皮に
パキリと入った亀裂の間。

ほんのりと黄みががかった白い綿につつまれて
キラキラと並んだ透きとおる紅い粒。


子供のころ誰かが見つけると、もの珍しさと
その(あか)のルビーみたいな美しさに
こぞって見とれていた気がする。


――――ザクロって血の味がすんだって。


そんなことを言っていたのは誰だっけか。

言われてみれば血の色に見えなくもないそれを、一粒。
指先につまんでおそるおそる口に含み
カシリ、と奥歯で押しつぶすと

それはごく普通に甘ずっぱく
少し遅れて舌に広がる渋みがどこか青くて
なんとなく鉄臭いような気もして、思わず眉をしかめてしまう。

同じように味わっている他の子の表情も
自分と同じでなんだかビミョウ・・・な感じだったが、
中には目を輝かせて「おいしい!」と言う子もいた。

泉は、果肉よりもほとんど種、な白い粒を、ぷ、と吐き出しながら


(食べるより見る方がいいな)


と思った。


だって、すごくキレイだ。


その実をつぶして飲み込んでしまうのが、もったいないくらい。

そんなことを考えながら、とうもろこしにも似た形の紅い粒を
コロコロと手のひらで転がしては、太陽に透かしたりして。

つるん、と透きとおる紅を、まぶしい気持ちで眺めた。




そして今、コロリと手の中に収まるザクロ。
とりたてて食べたいわけでもないけれど
なんとなく捨てるのも忍びなくて
そのままパックと一緒に抱えて教室へと戻る。


廊下まで響き渡るほど、わんわんと騒がしい教室は
もはや自習中とは言えない状態だ。


「おかえりっ」

「お、かえりなさい」


さっきまで泉も座っていた席で
田島と三橋が待ちかねたようにそろって迎えてくれた。


「はい」

「サンキュー!」

「あ、ありがと、泉くん」


腕の中のジュースを手際よくそれぞれの希望者に渡す。

田島なんて最初っから両手を差し出したポーズで
ニコニコ笑って待ってるもんだからたまんない。


――――たたでさえ眠い午後からの授業。

突然に自習時間と言われて
おとなしく「自ら」「学習する」高校生なんていない。
(いるかもだけど)

泉は出された課題もそこそこに興じたトランプ大会で
ひとり負けして、ジュースをおごるはめになったのだ。

ニヒヒと素直に喜ぶ田島と
控えめながらも「え、へ」とうれしそうな三橋
(田島はともかく、三橋は意外にも強かった)を横目に

やっぱ投手だから
頼りなくみえたって勝負ごとには強いのかな

なんて考える。

いつだってボールを離さずに
暇さえあれば体幹を鍛えたりしてる三橋は

試合ともなると、日頃のぼんやりとした姿からは
想像もつかない集中力と、投げることへの執念をみせる。

ぐっと全てを飲み込んだようなその背中は
実はかなりかっこいい、とひそかに泉は思っていた。

(田島もなんだけど、三橋ってすごいヤツなのかも・・・)


並んでうれしそうにジュースを飲む二人
ひそかな感心をしつつ
隣でせっせと大きな白い布を縫っている浜田に
ひょいと残りのパックを差し出す。


「おつかれ。ちょっと休んだら?」

「お、サンキュ」


浜田は素直に針を持つ手をとめてパックを受け取ると
「うーん」とうなって
ぐぐっと腕を上げて背筋をのばしてから
ペリペリとストローをはがしてパックにさす。


「どう、だいぶ出来た?」

「んー、半分くらいかぁ」


ほぅ・・・とため息をつき
コキコキと首を鳴らしてはトントン、と肩をたたく。

そのしぐさはまるで内職のおばちゃん。

ヘアバントから落ちた後れ毛がやけにリアル。

泉は(なんかすごく似合う・・・)と思ったが
口には出さなかった。


だって浜田の机と膝の上に広がる
おっきなおっきな白い布は
野球部を応援するための横断幕。

バサリと広げると
泉の身長2人分をゆうに越える長さになる
浜田苦心の最新作。

前のやつは雨の中の応援なんかでヨレヨレになってたから
近々ある地区大会用にと新調してくれるつもりらしい。


「浜田ってサイホウうまいな」

「浜ちゃん、す、っごいね」

「へへ、そう?」


いつの間にか浜田を取り囲んでいる田島と三橋に
素直に感心され、顔を崩して「えへへ」と笑う。

泉はそんな浜田をちらりと見て
彼と同じクラスになってから
もう何度思ったかわからないことを考える。


(昔はさ、ほんとかっこよかったんだ・・・)


それはもう、その背中に憧れてやまないくらい
熱くて、力強くて、キラキラと輝いていた姿。


(なのに、その緊張感のない顔はどうよ?)


へらへらと笑う顔を見ていると
思わず頭をはたきたくなるけど
目があうとうれしそうに にこりと笑われれば、
やっぱりなんだか憎めない・・・とも思う。

泉はこっそりため息をついた。


「あっ、それザクロ?」


と、田島が泉の手の中に転がる硬い実を見つける。


「うん。中庭に木があった」

「うちの畑にもある!
ばーちゃんがしぼってジュースにしてる」


お、女の人が飲むといんだって。親が言ってた・・・なんて、
三橋が意外な豆知識を披露してくれた。
ひょっとすると家で母親が飲んでいるのかもしれない。

おおー、モノシリ!と田島が頭をぐりぐりなでるのを、
されるがままに え、えへ、と笑う三橋は
困っているのかよろこんでいるのか判断がつきにくい・・・

が、にへっと笑い合う二人をみるかぎり
喜んでるんだろうな・・・多分。


「なつかしーな」


周りの喧騒をよそに
浜田はのんびりと間延びした声でいいながら、
どれどれと泉の手の中にあるザクロをこじ開けて
2つ3つつまみ、ぽいと口に放りこむ。

それにならって田島と三橋もいくつかの紅い粒を
ぽいぽい、と口に放りこんだ。


「うっ・・・なんかビミョー・・・」


田島が正直な感想をもらすと


「今食うと、そんなおいしいもんでもないよなぁ」


子供んときはなんであんなにうまかったんだろうな
と浜田が笑う。

三橋はというとキョトンとしたまま
口をもごもごさせている。
多分、予想以上に大きい種の始末に困っているのだろう・・・。

見かねた浜田が「ゴミ箱いるか?」と言いながら
布だらけの机に手をつき立ち上がろうとした途端
ガシャンと辺りに物が散らばる音がした。


「〜〜〜ってー」


声につられて浜田を見ると、中指と薬指のつけねあたりが
サクリとさけ赤い身をのぞかせていて、
足元には裁縫用の大きなハサミ。


「うわ・・・」

「いたそー!」

「だ、だいじょぶ・・・っ??」


「ばっ、何やってんの!」


あわてて手首をつかみ引き寄せると
それぞれの反応を待つ間もなく、赤い血がみるみる浮いてくる。


「や、だいじょぶだって」


浜田は笑って手を引こうとするが
傷は思いのほか深いのか
一筋になった赤はどんどんどんどん膨らんで
重みにゆがんだ端から つ、とこぼれ落ちそうになる。

泉はとっさに、その赤い裂けめに唇をよせた



――――あ    血の味・・・


鼻の奥に広がる鉄の匂い。


少しだけ甘い と感じたのは気のせいだろうけど
それは、あのキラキラとした紅い実を思いださせた。


されるがまま、呆然と泉を見つめている浜田の傷口を
ちゅ、とはなして


「保健室いこう」


と促す。


「えっ、ほんとにたいしたことないって」


ようやく驚いて目を見開く浜田の隣で
オロオロと心配そうに覗きこむ二人に


「行ってくるから」


適当に後片付けもよろしくと頼んで
浜田の返事は待たずに
つかんだままの手首を引き寄せた。

大人しくついてくるのは、虚をつかれたせいだろうか。



教室を出ると、他のクラスはまだ授業の最中で
少し傾いた日の差し込む廊下は
しん、と静かに口をとざしている。


後ろで浜田が何か言いたそうにしているのがわかったけど
声をかける気になれなくて
振り向きもせずにぐいぐいと手を引っぱって歩いて行く。

気づけば心が、イライラとささくれ立ち
手首をつかむ手に、つい力がこもる。

自分が何にこんな腹を立てているのかわからない。
わからないけど、なんだか腹がたってしかたがなかった。

繰り返し胸に浮かぶのは「なんで?」という言葉。

なんで なんで なんで 浜田はそうなの?

いつだって
そんな場合じゃなくなって

そうやってのんきな顔で笑って――――


「な、・・・おおげさ、だって」


少し遠慮気味な声色をしたその言葉が
肺いっぱいに膨れ上がっていた
感情のスイッチをカチリと押した。

泉は急に立ち止まり、浜田を振り返って睨みつける。


「なんで そうなんだよ。」

「??」

「いっつも人ばっかかまってさ」

「泉、ど・・・」

怒りは怒りを呼んで、どんどんと膨らんで
驚いたように目を見開く浜田の言葉をさえぎった。

「もっと自分のこと考えろよ。
 この手だって、もっとちゃんと大事に――――」

そこまで言って、ゴツリとしたまだ充分に力強いこの手は
もうあの頃のようにボールを投げることはないのだ、と気づく。

ふと見ると、つかんだ手のひらに引かれた一筋の赤は
湧き上がるがるのをやめ、ひきつれた形をしていて

堅いタコがあちこちに
いくつもいくつも消えることのなかった指先は
もうすっかり柔らかい肉でおおわれていた。


「泉・・・?」


呼ばれて視線を上げると
心配そうに覗き込む浜田の目とぶつかった。

少し茶色がかった瞳に泉の影が映っている。

そう言えば、こうして二人で向かい合うのは
随分と久しぶりかもしれなかった。


「・・・・・血、止まったね」


言いながら目をそらしたのは
なにかが鼻の奥にツンと染みたから。

つかんだ手首をそっと離すと
うっすらと赤く指の跡が浮かんで、消えた。


やばい、なんか泣きそう・・・


慌てて息をつめてこらえるが
ジンと目頭が熱くなるのを止められない。


壊れても、変わらずに笑う浜田。

壊れしまうまで、気づかなかった自分。


浜田は、バカで、俺は、もっとバカだ――――



今更考えてもしかたがないのに
まだこんなに生々しい痛みがこみあげて
泉は唇をかみしめる。

と、ふわりとした浜田の声が頭の上から降って来た。


「このまま、どっか行くか」


え、と顔をあげると
どうせ保健室行ったことになってるし、
とイタズラめいた顔でニカリと笑う。

それはあの頃と同じ。

自然とつるんで遊んでいた仲間たちの
いつも真ん中にある笑い顔。

ひそかにあこがれた、マウンドに立つ背中の――――

前みたいに焼けるような熱さを持ってはいないけど
キラキラとあったかい色をしている。

そういえば、ザクロが血の味と言ったのも
その実をおいしいと言ったのも

まるごと包み込まれてしまいそうな
この茶色の目じゃなかっただろうか。


涙で潤んだ大きめの目を見開いて じっ、と見つめる泉に
浜田はもう一度 ニッ、と笑い ぽん、と頭をなで


「行こうや」


と歩きだす。

鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌で先を行く背中に

「勝手に決めんなよ」

と悪態つきながら、ずっと鼻をすすって後を追う泉の顔は
ほんのりと柔らかく、どこかうれし気に見えた。






中庭の片隅にあるこんもりと茂った木。
その木はたしか、夏ごろに赤いキレイな花を咲かせていた。

花は落ちても、いずれ実る薄茶色の無愛想な実の
ぱきりと割れたその中には
キラキラとした紅いものがつまっていて

時がすぎても、形はかわっても
それはいつだってキラキラとまぶしい。








手探りしつつ初めてちゃんとかいたテキスト。えらく真面目です。
いろいろおかしいのはスルーの方向で・・・



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