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9組のとある一日C                           過保護な阿部。
7組の教室から





午後の古文はかなり眠気を誘う授業だと思う。
とうとうと朗読をする先生の声が、心地いい子守り唄にしか聞こえない。

(早く部活行きてぇな・・・)

放課後の部活にほとんど意識を飛ばしながら
ジリジリした気持ちで窓から見えるグラウンドの方に目をやると、
遠く隅の方で私服と制服姿とわかる数人が集まってるのが見えた。


(・・・なんだ?)

よく見るとヤツらはバットやらグローブやらを手にしていて
どうやら野球をやるつもりらしかった。

更に、そこに三橋と田島らしき姿を見つけて
俺は思わず窓のほうへ身を乗り出した。


(なに、やってんだぁ?)

ガタ、と鳴った椅子の音に反応して、前の席の花井が振り向く。
どうした?と無言で問いかける表情のまま、俺の視線の先を追うと
花井もまた ガタッ、と同じ方向へ身を乗り出した。


(おい、アイツらなにやってんだよ)

教壇の方を気にしながら、椅子の背もたれを出来るだけ俺の方に倒し
教科書で口元を隠してヒソヒソと聞いてくる。

(野球、だろ)
(いや、あれは三角ベースじゃね・・・? じゃなくて、田島と三橋もいんだろ)
(いるな)

(さぼってんのバレたら握られっぞ)

モモカンの一撃を浮かべたのか、花井の肩がぶるっと震えた。

こっちでヒソヒソ話をしている間に、グラウンドの方はばらばらと守備が散って
どうやらピッチャーは三橋に決まったみたいだ。


と、ホームに立つバッターが生意気にホームラン宣言をしやがった。

(は、三橋なめんなよ。打てるもんなら打ってみろっつーの・・・)

と思ったところで勢いよくバットが振られ、ぼてぼての球が転がる。


(なっ・・・!あんなシロートに打たれやがっ・・・)

思わず、かっと頭に血が上った。

と同時にアイツぜってー手加減してやがる、という考えも浮かぶ。

クラスメイト相手にほんとの本気は出しづらいってとこだろう。
それはとてもミハシらしい思考な気がした。

(まぁ、遊びだかんな・・・)

と、冷静さを取り戻しかけたところに
次のバッターのなんてことない凡打が、味方のエラーでヒットになった。

片方の眉が自分でもわかるくらいに、ピクリ、と動く。

ホームベースに2人が帰って、相手チームがわっと盛り上がっている。

わりぃ、と手をあげる男(ク・ソ・ショート・・・!)に
ミハシはふるふると首をふって「大丈夫」とでも言ってるようだ。

田島が両手をあげて味方に気合を入れる。

(遊びだ遊び・・・)

遊び・・・だけど よ

次のバッターがボックスに立つと
やんやとはやしたてる相手チームの声がここまで届く気がする。

ミハシは多分、困った顔で笑ってんだろう。

打たれんのは自分のせいだ、って思ってっから(なんでだ?)
本気も出せねぇくせに
味方のヤツらに、悪いなとか思ってんじゃねぇだろうか・・・

遊びなのに・・・ 遊びだから、 遊び、 でも、

このままパカスカ打たれるなんて、ミハシがよくても俺がいやだ。

壁にかかった時計を見ると、授業時間はあと15分というところだった。

俺はすばやく段取りをめぐらせる。

花井が はぁ、とため息をついて(あーもー、知らね)と小声で言い
椅子を戻そうするのを ぐっと肩を掴んで引き寄せて、耳元でささやく。


(花井、やっぱ勝負には勝ちてぇよな)
(は? そりゃ そ だけど、急になに・・・)
(じゃ、具合い悪そうにしてて。あとは俺に任せろ)


何か聞き返そうとする花井の肩を掴んだまま、反対の手を上げる。

「先生、花井君が気分悪そうなんで、保健室へ連れてっていいですか」
「?!」


人のいい中年の女教師は

「まぁ、それはいけないわね。ええと・・・阿部君、ついてってあげて」

と心から心配そうに言った。

「花井君重いんで、水谷君もお願いします」

少し離れた席でこっちを見ていた水谷がへっ?と驚くのがわかった。

「そう、じゃあ水谷君も一緒に行ってあげてね」

疑いもなく言う先生に心の中で

(ほんと、すいません)

と謝りながら花井に「大丈夫か?」と声をかけ、肩に手をまわして立ち上がらせる。
固まってうつむいた顔をのぞきこんだら、本気で汗かいて青くなっていた。


(花井、演技うまいじゃん)

半ば感心しつつ水谷の方を見ると、
心配気にすぐ側まで来ていて、反対から花井を支える。


さわさわとした視線の中3人でヨレヨレとぎこちなく歩き
教室の後ろのドアから出て、教室から少し離れたところまで進むと
「もういーぞ」と声をかけて、肩にまわした花井の腕をはずした。


「へ?」と水谷が俺を見る。

「・・・も い、って、阿部、なに・・・??」

やっと開放された花井が、青かった顔を今度は真っ赤にして言う。

「や、三橋んとこ行こうと思って」
「ばっ・・・かじゃねぇの??」

花井がぱかっと、口を開けたまま目を丸くして俺を見ている。

「三橋打たれてんのに黙ってらんねーだろ」


花井は、ぱく、と口を動かしたあと、ふ、と目を閉じてこめかみを押さえた。

「ちょ ちょ、待って。俺よく話わかんねんだけど」

事情のわからない(そりゃそうだ)水谷が間に割って入る。

「今、三橋と田島が試合してんだよ」
「え?なんで?」
「ま、いーや。時間ないし早くグラウンド行こうぜ」


うながして走りだすと花井と水谷もあわてて後を追っかけてくる。

「ありえねぇ・・・」

責めてるわけではなさそうな花井の言葉に
ちらっと(そうかもな)と思うけど、今はどうでもいい。


「なになに、どうなってんの?」

「くっそ、マジで覚えてろよ」
突然やる気になったのか、花井がダッシュで俺を追い抜いて行く。

「ひょっとして、野球すんの?」
「おぅ、勝ちに行くぞ」
「なんかわかんないけど、おもしろそー」

野球と聞いて途端にニシシと笑う水谷を見て
コイツもやっぱ野球バカなんだなと思う。


(三橋、待ってろ)

俺は、自分でも何に対してなのかわからない闘志を燃やし、
手足に思い切り力を込めて花井の背中を追いかけた。










過保護というか、変・・・? ですね。
いくらなんでもこんな阿部はありえないと思います。スミマセン・・・



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